レビュー
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審査員講評 杉原邦生氏
◯萌Co.『大草原不可避』(名古屋学生演劇祭推薦)
開演してすぐに能の形式を持ち込んでいると感じられたので、それが作品の中でどう展開されていくのか、という目線で興味深く観はじめました。作り物のような道具や、橋がかり的な動線など、能の要素を素直に持ち込んでいる部分もありつつ、シテとワキの関係性など分かりづらい部分もあり、どのように取捨選択されているのかが気になりました。
また、作、演出、出演を一人で担っているためか、作品世界が自己完結しているとも感じました。登場人物2人の視点や見せ方にも変化がなく、自身のイメージの中に収まってしまっている気がしました。映像も「映像を見せるため」にしか機能していないように感じられ、舞台上の表現のアイデアが作品世界を広げることに貢献しているのか疑問を持ちました。能にも通じる(生と死の)あわいの世界をどう表現していくのか。その辺りを客観的に捉えていけるとまた違った景色が広がったと思います。
◯劇団あまおと『玉座』(中四国学生演劇祭推薦)
劇場という小さな空間で、社会や権力と群衆の在り様など、大きな現実の世界を舞台上に乗せようという意欲が感じられ好感を持ちました。またその現実をある種の不条理として描こうという姿勢は、イヨネスコやアラバール、ベケット、別役実などの先人たちに通ずるものがあると感じました。
一方、限られた空間の中で大きな世界を描こうとするとき、演出的にもっと工夫が必要だとも感じました。例えば、群衆の声を録音された数人の声で表現していましたが、説得力に欠けていたように思いました。舞台上にいない人々の「声」を表現する際、そのまま「声」を流すことが本当にベストなのか、別のやり方で成立させる方法はないのか、可能性を探ることが大切です。空間についても、ソファーを中心に様々な道具が散在しているのですが、それらが芝居の助けとなっていたか、かえって制約になってはいなかったか、疑問が残りました。一つひとつの選択にもう少し深く向き合えると、さらに良かったかもしれません。
◯ペイント・タレント『いってしまえばマリッジブルー』(大阪学生演劇祭推薦)
家から出ることのできない彼女と、洞窟から抜け出られないテレビクルーという状況を重ねることで「抜け道はどこにあるのか」という閉塞感や不安感がリアルに表現されていて、テーマと設定、表現方法がしっかり結びついていると感じました。中高生時代にコロナ禍を体験している世代だからこそ、立ち上げられる作品だと思いました。
一方で、テレビの中の出来事が部屋の中での出来事と重なってくる場では、舞台上の動きにやや単調さを感じ、アイデアの面白さが十分に活かしきれていない印象も受けました。発想としては面白いだけに、演出面で引いた視点から精査し、動きや展開に変化を加える工夫があると、より効果的になったのではないかと思います。その結果として、観客によってはやや冗長に感じてしまう部分もあったかもしれません。
とはいえ、社会的な状況を舞台表現と結びつけようとする試みには魅力があり、今後の活動が期待される団体だと感じました。
◯ミムガム『ミ☆ツ』(東京学生演劇祭推薦)
偶然出会った三人が、心地よい距離感を保ちながら、互いに干渉しすぎず、ある種の友情のような関係性が生まれ、やがてそれが大切な繋がりになっていく様が描かれていました。言葉を選ばずに言うならば、傷つきたくない人々のコミュニケーション観がリアルに舞台に表出しているような印象を受け、そこに現在性、アクチュアリティを強く感じました。
そんな中、コント的な表現がこの作品にとって必要だったのかどうか疑問が残りました。コント的ノリを会話に持ち込むことで、せっかくのリアリティまでが損なわれてしまっていると感じました。空間や小道具などの具体と抽象のバランスも気になりました。演出的ルールやアイデアは面白くても、それが効果的に機能していたのか、検証が足りていないように感じました。アイデアやひらめきを実現化していくとき、稽古の過程で一度それらを疑うことができると、表現がもっと厚みを増してくると思います。
◯劇団愉快犯『銀河紀行』(京都学生演劇祭推薦)
作・演出と俳優の信頼関係なくしてつくり得ない作品だと思いました。そのことが、観る側にもしっかりと伝わってきました。
作品としては、小学生が宇宙に行くというスケール感と、そこから想像される物語への期待に対して、悪い意味での脱線が多く、期待を下回る印象になってしまいました。端的に言えば、主軸が弱く、劇終においても主題が宙ぶらりんのままで、物語の強度が感じられませんでした。冒頭のルール説明もそれが裏切られることなく、ただ踏襲されていくだけなので蛇足に感じました。
また、空間の使い方もメリハリが弱く、もっと見せ物としての工夫が必要だと感じました。「空間を埋める」というのは役者が舞台上をくまなく使うことでも、もちろん舞台美術で埋め尽くすことでもありません。表現を受け取った観客の想像力が舞台空間を満たし、ときに時空をも超えていくものだと思います。お互いを信頼するのと同じくらい、観客の想像力を信頼してください。そうすれば冒頭のルール説明の時間も、別の有効な時間として使えるはずです。
◯劇団ちゃねる『さよならシャトルラン』(とうほく学生演劇祭エキシビション参加)
「シャトルランは理想の人生」。現状を超えて何かに向かっていくことを理想としながらも、一筋縄では行かない人生の時間の中で、もがいたり、くじけたり、怠けたりしながら、それでも諦めない、という作家のエネルギーが、一登場人物が発する言葉という範囲を飛び越え、響いてきました。また「女呼ばわりはやめろ!」など既存の観念を打破しようとする台詞や態度は、表現によって世界を変えられるかもしれない、という希望のようなものを感じることができ、心地よい爽快感を伴って舞台を駆け巡っているようでした。最後に打ち破られる壁とその先にある現実の風景との対比など、空間の使い方にも説得力があったと思います。また、作家と演出家が別れていることで客観性が担保され、風通しの良さを感じました。良い意味で、表現に対して非常にどん欲な作品だったと思います。
◯トロイの箱馬『どうしようもなく特別な私』(福岡学生演劇祭推薦)
非常に疾走感を感じる舞台でした。理想の自分になることができない人たち、主人公になりたいけれど特別じゃない人たち。それが、最終的には自分たちの物語を変えていく。大きな物語=借り物の物語を出発点に、それぞれ自分の物語に向き合い、人生を進めていく人たちの姿に、勇気をもらう人たちも大いにいるだろうと想像しました。
また、自転車の回転、映写機の回転、環状線、地球の自転など、様々な回転運動が日常から天体にまで広がっていくところも、作品世界の抜け感がありとても良かったと思います。
そんな中、作品に散りばめられた寓意や暗喩、俳優が2役を演じ分けていることなど、注意深く観ていないと取りこぼしてしまう可能性のある要素が気になりました。意図的なのかもしれませんが、せっかくならもう少し観客に分かるように演出していった方が、作品をより深く理解する手助けになったのではないかと思いました。
◯カブク『改装中』(北海道学生演劇祭推薦)
一人芝居として、観客への情報の渡し方やその情報量が適切で、バランスの取れた作品だと感じました。観客の想像力を刺激することに注力し、説明しすぎず、観客を信頼していることが伝わる上演だったと思います。役の入れ替わりなどの仕掛けも興味深く、期待が膨らみました。ただ、想像力を引き出し続けられた前半の劇作が、後半は答え合わせのようになってしまい、非常にもったいないと感じました。また、前半の病名が開示されるくだりや、ラストの音楽は非常に説明的に感じられ、残念でした。音楽はともすると観客の感情をレールに乗せ、想像力にブレーキを掛けてしまいます。つくり手側が伝えたい想いやイメージを、どうすれば観客に押しつけずに、想像力の広がりを保ったまま受け渡していけるのか。ここは演出の腕の見せ所だと思います。
◯劇団とかげのしっぽ『残光』(名古屋学生演劇祭推薦)
「当たり前を疑うこと」。終始この事にトライし、私たちに投げかけてきた作品でした。
決められた位置からでしか意味が受け取れない看板は、多面的な人間を一面でしか切り取らない社会のメタファーであり、また不完全な人間のあり様そのものにも見えました。電球の交換を花屋に依頼する展開も、「花屋」というラベリングによってその人の行動範囲を決めつけていく思考そのものへの疑問が示されていると感じました。「花屋」という役割を外せば同じ一人の人間である、という自明の事実にハッとさせられました。上演そのものも、演劇の約束事や社会に浸透した意味性を巧みに脱臼させるような不条性があり、作家の哲学が終始貫徹していました。
欲を言えば、間口を広げることをもう少し意識しても良いのではないか、と思いました。作品は稽古場から劇場に移されたとき、社会性を帯びます。劇場は誰もが足を運ぶことでき、不特定多数の観客の目に触れる可能性を排除することはできません。つくり手側は基本的には観客を選べません。だからこそ、自分が想定している観客の幅をもっと広げ、まだ見ぬ他者に向かって表現を思考していくことが必要なのだと思います。仮に少し間口を広げた表現になったとしても、充分に強度を保てる作品だと思いました。
〇総評
全体的に、現代を生きる人間だからこそ語ることができる、見つめることができる題材やテーマが舞台に立ち上がっていることにとても好感を持ちました。と同時に、つくり手側の不安からなのか、理解欲求からなのか、過度に笑いを求めたり、説明過多であったりすることが気になりました。笑いはつくり手にとって分かりやすいリアクションではありますが、そこに頼りすぎると作品の本質や目的を見失ってしまう可能性もあります。また、一言に「笑い」と言っても、そこには様々な種類の笑いがあります。自分たちの表現が目指すものは何であるのか、一度立ち止まってみることも必要かもしれません。
また、ほとんどの団体が作家と演出家を同じ人が兼ねていることも気になりました。集団創作である演劇の現場では、もっといろいろな形の創作が行われて良いのではないかと思っています。もちろん、作家と演出家を兼ねるスタイルを否定しているわけではありませんが、現代性のある題材やテーマを選択しながら、その創作は日本演劇界の慣例を踏襲しているのだな、と少し不思議に思いましたし、残念に感じました。若い皆さんから、新しい表現とともに、新しい創作の形が生まれてくることにも大いに期待しています。