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企画

観劇レビュー 片岡友美子さん

tochigi

栃木県 片岡友美子さん(アトリエほんまる)

 

劇団宴夢のレビュー

 

Distanceしている あなたと私

いつまでだろう 離れているのは

いつからだろう 近づきたいのは

 

劇評に思いの外時間がかかったのは、タイトルの謎がどうしても解けなかったからなのです。

ルーモって何?1.255って何の数字?

きっと大学生の書いた脚本だからきっと学術的な意味があるに違いない!と思って意地になって色々調べたのだけども、どうしても謎が解けなかったのです。

作家さんに聞いてみたい!

 

こういう芝居の見方は邪道かもしれないけど、この芝居を観た後解釈に悶々とする、というのは懐かしい感覚でもあリました。

 

オープニング、まず『わが星』をを思い浮かべるようなリズムで三人の登場人物が現れる。

この最初だけ、繋がっているようにみせた三人は離れていき、この後ずっと距離を撮り続けるその距離と共に、物語は進行していいく。

『わが星』の他にも、『銀河鉄道の夜』の引用など、学生演劇では割とお馴染みの題材を使っているにも関わらず、そこに描かれているのはコロナ以前とは微妙に違う。

最初、女の子二人が投げ合う数字の遊びは、フィボナッチ数。

前の2つの数字を足していくフィボナッチ数は、黄金比というだけあってコロナ前であれば心地良い数字の応酬として聞けたんじゃないかと思うのだけど、今こうやって増えていく数字から連想するものは一つしか浮かばない。日々の感染者数の増えていく様だ。

ただの数字が増えていくのを眺めるだけでも、オトナはこんなヨコシマな発想をしてしまう。

けれど、若者は違うのだ。

女の子たちは数字を紙に書かれた文字に過ぎないと(それまで重そうに投げていた数字を)軽々と放り投げ、次に出てきた男の子は、数字をバレーボールのように投げて「遊ぶ」。

不要不急と言われて、誰が決めているのかわからないけどどうにもできない中、それでも人間は「ホモ・ルーデンス」、「遊ぶ人」に他ならないのだと言わんばかりに、若者たちは遊ぼうと、巣籠もりでは無くどこかへ旅立とうと試みる。

ラストに向けて少しとっ散らかった感もありますが、閉塞感というか、みんなで我慢、を強いられている中、こういう人たちの姿を見られることは、演劇の醍醐味だと思いました。

 

秀逸だなと思ったのは『銀河鉄道の夜』の一節のように見えて、実際は少し違う講義をしていること。

離れて見ると白い線のような天の川が、実際にはずーっとずーっと離れている。

月も、望遠鏡でのぞくと、ウサギのように見えたり、蟹がいるように見えたり、人の顔のように見える。

我々人類(?)もコロナに対抗するためにみんなが一団となった行動が求められてるけど、人はそれぞれ違う。

何かしらの圧力がない限り、本来同調なぞできるものではないのだ。

この作品はその昔、Bette Midlerが歌った「From A Distance」の逆バージョンではないか。そんな印象を受けました。

 

この若者たちが、どこまでも近づけなくても離れずに、進んで行けますように。