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スポットライト

観劇レポート 徳泉翔平さん

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第2回全国学生演劇祭の演目を観劇し、舞台の模様を広く伝える”劇評/レビュー”を書いていただく方を募集し6名の方に担当していただきました。

 

徳泉翔平さん

高校三年間、そして大学四年間を演劇に費やしました。劇場はなくなっても学生が挑戦し続ける限り、京都の演劇は死なない!と信じていますので今回、「ロームシアターという場所で上演されること」を一つの尺度として観たいと思っています。

……というわけで、全てのステージを観せていただきました。
地域性、そして多様性の感じられる演劇祭になったと思います。
僕はこれまで京都学生演劇祭の意義を評価する一方で、全国学生演劇祭の意義については懐疑的でした。
しかし、今回の演劇祭を観せて頂いて、一定レベル以上の作品が揃った学生による演劇の賞レースというものが非常に興味深いと思いました。
来年以降も続けて欲しいと切に願います。
もしも僕が審査員で賞を選出するとしたら、劇団なかゆび・シラカン・幻灯劇場の3つを推薦するだろうと思います。
審査結果を非常に楽しみにしております。
また今後の皆様のご活躍を心から願っています。
 
 
Aブロック 
  •  劇団宴夢
四国が独立を宣言し、国家となる。個性的な大統領と愛媛・香川・徳島・高知の面々。
そこへアメリカの侵略の手が迫り、四国四県はそれぞれの力を生かして応戦する。
しかし強大な力の前には四国はなすすべもなかった…
まず最後まで疑問だったのは大統領がどこの何者なのか分からないということ。
ギャグとして語られた「東京の大統領に四国ぐらいなら統治させられると言われたので」というセリフに謎が深まってしまった。
四国四県を演じる四方に個性を持たせるのは分かりやすいが効果的だったかは検証すべきだろう。
もちろん四国をネタにしたナンセンスなコメディというコンセプトは分かるし、客席も受けていた。
ただ設定の部分で詰めが甘いのではないかと思ってしまった。
難しいことを考えず肩の力を抜いて観劇を楽しみたいという方にはおすすめ出来ると思う。 
 
  • 劇団西一風
工場のラインを流れる「製品」とそれを霧吹き状の器具「ピントフ」で湿らせる労働者たち。
誰がどう見ても自動化できる、ないしなくてもいいような行程を延々と進める労働者たちの姿はシュールでおかしさがこみ上げてくる。 
個人的には初演「ピントフ」、再演「ピントフズ」に続き3度目の西一風によるピントフを拝見したわけだが、今回が最も客に分かりやすくテーマを見せようという工夫が見られたように思う。
舞台の大きさに対応して装置も巨大化していた。 
今回は機械による労働者からの労働の巻き上げを明示した。
そのことは作品が分かりやすくなる反面、自由な想像への可能性を狭めたのではないかと思う。
45分という長い時間をかけて笑いを取りに行く手法は感心できるし、気の短くない人にはオススメである。
 
  •  南山大学演劇部「HI-SECO」企画
人間のする性交には4種類ある、異性間、同性間、夢の中での性交、そして自慰がある。
自慰はその字のごとく他人との行為ではない。
神はその行為を望まず、罰を与える。 
主人公は亡くなった母の面影から父の慰み者にされている少年。
彼は計画的に父親を性的興奮の中で死に至らしめる。
「テクノブレイクで完全犯罪」、タイトル通りの展開だ。
客席との間には柵がおかれ舞台が法廷であることを明示する。
簡素な舞台、衣装、抽象的な言葉を一斉に叫ぶ演出は名古屋ならではといったところか
僕自身愛知で高校演劇をしていたこともあり、懐かしさを覚えた。
少し刺激の強い言葉が飛び交うが地域性を味わえるので京都のお客様にオススメ。
 
  • 劇団カマセナイ
主人公・高橋と女友達・小山、共通の友人のチイちゃんを三年前に亡くした2人は母校へ制服を着て訪れる。
大切な人の喪失と不在、現実からの逃避という非常に分かりやすいテーマ。
出演2人が高校生を演じるのは非常にリアリティがあり、より強い共感を呼んだように思う。
装置も机と椅子で一見して場所が高校の教室であると分かる。
演出は後半、ずっと同じBGMで単調に思えたが、伝えたいであろうことはストレートに表現されていた 。
唯一4団体の登場となるAブロック、観疲れしかねない中で、トリを飾る本作品。
清涼感が強く毛色の違う作品で観客の目にも魅力的に映るのではないだろうか。 
 
 
Bブロック
  • 劇団なかゆび
演じるということは何か、劇場という場所はどこかということにとことん思索を巡らした作品
「45分間」というタイトル、弾かれない楽器、静寂の中で強調される衣摺れや咳払い、鼻すすりからジョンケージ「4分33秒」を思わせる。 
しかし、彼らの伝えたかった、やりたかったのは別にそこではなく、劇場という場所で45分間与えられれば何でも出来てしまう、そのことの危うさとある種の引力を明示したかったのではないか。 
そして彼らは、こういう風な具合に僕のような学生風情が偉そうに観劇レポートを掲載することを、彼らが言う所の「神」による裁きとみるのだろう。
彼らは「神」に対して叛逆し、抵抗しようと試みた。
そして愉しんでいる。
根っからの愉快犯だ。 
 
  • 一寸先はパルプンテ
6人の哲学者、最初は不在のソクラテスを除いた5人が人類のあらゆる諸問題について討論する。
内容は性差、人種、貧富などあらゆる人間の差別や偏見に関するもの。
遅れてやって来るソクラテスはそれらを不正義と断ずるも共感は得られない。 
最後は印象的なシュプレヒコールで終わる。
ただソクラテスでなくていい、プラトンでも良いから自分自身の言葉で、といった割にはこの劇が語るのは一般的な正義論であり、どこかで聞いたことのあるような主張だ。 
僕は彼らがそういう正義を声高に叫ぶタイプの人間を揶揄するような表現をしたかったとはあまり思えないので(そうだったらごめんなさい)だとしたら効果的にメッセージが伝わらなかったと思います。
笑いのオンオフが上手じゃないのかなと思います。 
 
  • シラカン
まず物と人との恋愛というモチーフは過去にも複数みられると思う
今回はそれをただの人外への恋愛というエンタメ要素ではなく、人が物に感情を持たせる=他人への感情・他人からの感情を簡単に自分の都合で捻じ曲げることの表現として使われていた。 
そして後半乱発される謎の赤ちゃん、それは感情のままに衝動のままにされたたくさんのインスタントセックスにより望まれず生まれた子たちを指しているのではないか。
途中まで鳥とか目先のギャグでこの作品の目指すところが掴み難かったが、最後は合点がいった。
人間の感情の筋の通らなさ、理屈の効かなさにきちんと向き合ったところが好感が持てる。
人間の感情を理論だって説明しようとする演劇は数あれど、分からないことを素直に認めたことを高く評価したい。 
 
 
Cブロック
  • 劇団マシカク
ルームシェアをしている3人。
1人は真面目にバイトをしているが、2人はほぼニート、生活破綻者。
ほぼ頼りっぱなしの毎日だ。
彼らはきちんと就職をするために、自分たちのやりたい仕事を考えてみる、
妄想する、この部屋は「自憂空間」だという 。 
基本的には終始ベタなギャグを散りばめたコメディ。
客席も受けていた。
最初は風船をなぜ使うのか分からなかったが、風船を割る仕草も多く、すぐに壊れてしまったり、必ず終わりのある夢や安住の地を表現しているのかと思った。 
展開のリアリティ、行動への動機や感情の機微といった細部の作り込みはどうしても弱いところがあるが、彼ら自身がやりたいことをやりたいようにやる、というのが最大の目的であると思うので、その点では成功していたと思う。
 
  • 岡山大学演劇部
男女十数名による「山田次郎」の一代記。
山田次郎の人生はこれといった特色はなくどこかで見たような風景だ。
描かれるのも祖母との死別、初恋の人の引越し、娘の結婚、退職など離別を描くものが多い。 
徹底してなんの変哲もない人生を描く。
伝えたいことはおそらく我々の認識していない、あらゆる人の辿ってきた人生、ストーリーへのリスペクトだろう。
ただ演出のあり方はもうやり尽くされたというか優等生にすぎる。 
ぼく自身この評価の言葉はとても嫌いだし、自分自身が言われたら絶対に腹をたてるが、これが高校演劇の大会ならある程度の評価があるだろう。
しかし、大学生で有料ということになるならさらなる挑戦と研鑽が必要ではないか。 
 
  • 幻灯劇場
コインロッカーベイビーの母親が訪ねて来るというモチーフ自体は現代の創作物では複数存在すると思う。
今回は序盤よりロッカーと歌手としての「ロッカー」をかけることに始まり、藤井君独特のギャグセンス、時として野田秀樹みたいと例えられる作風が展開。 
聖母マリアの姿を重ねるのも創作としては優等生。
ある意味模範解答的である。
僕が評価したいのは劇伴を入れてまで歌った曲がいい意味で非常にナンセンスだったこと。
緊張と緩和、後半の引き締めに効果的であった。 
それから、ロッカーの箱を救いの箱舟に繋げたのも、物語の締め方としては綺麗。
綺麗だけども物足りなさを感じたのも事実。
おそらく創作の上で45分間というハンデがついたのではないかと思う。
長編での再演を望む。